般若心経を漢訳した玄奘三蔵法師の音写と漢訳とは(5話)
「般若心経」初心者のためのやさしくて詳しい解説 その5
2-2 漢訳した玄奘三蔵法師の音写
音訳と漢訳
日本の経典には2種類あります。
1つ目は音写(おんしゃ)または音訳(おんやく)、
2つ目は漢訳(かんやく)です。
1つ目の音写は、サンスクリット語あるいはパーリ語を耳で聴き、聴いたままの音を、中国人が漢字に当てはめたものです。
たとえば「プラジュニャー」は「般若」、「アミターバ」は「阿弥陀」という具合です。
2つ目の漢訳は、中国僧がインド、チベットから経典を持ち帰り、自国で翻訳作業を行い、中国語に訳していったもので、我が国で読まれている経典の大半は、この「漢訳経典」に当たりますので、「中国語」で書かれてあります。
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音写
仏典を翻訳する際に五種不翻(ごしゅふほん)の理由から漢文に訳さず、梵語の音をそのまま漢字に写した、音写(おんしゃ)という技法が用いられました。
音写は今日において外来語をカタカナ表記にするのと似たような技法です。
『般若心経』を漢訳した玄奘三蔵法師の素晴らしい偉業のお陰で、私たちは『般若心経』を読めるようになった訳です。
玄奘三蔵法師の翻訳の素晴らしさは、内容をしっかり理解して思想的にしっかり翻訳しているところもあるし、また、翻訳せずにそのまま音を残している。
つまりインドの音を残したまま、漢字に落としていく『音写』をするところに、素晴らしい能力があったと云われています。
『音写』にこだわるのは、理屈で理解できる部分はそのまま翻訳すればいいのですが、音自体が意味を持っている場合があります。
『般若心経』の核心はその『音写』で書かれた部分だそうです。
末部に出てくる部分がそれです。
羯諦 羯諦 波羅羯諦
(ぎゃてい ぎゃてい はらぎゃてい)
(意味)行こう、行こう、彼岸へ行こう。
波羅僧羯諦 菩提薩婆呵
(はらそうぎゃてい ぼうじそわか)
(意味)皆で彼岸へ行こう。悟りよ、幸いあれ。
この部分は、咒(じゅ)です。呪文です。真言(しんごん)、マントラです。
祈りの言葉をインドの古い言葉(サンスクリット語)で「マントラ」といいます。
五種不翻
玄奘は一部の梵語を漢訳せず音写したことについて、五種不翻(ごしゅふほん)という5つの理由を挙げています。
五種不翻とは:経典を翻訳する時のルールであり、お釈迦様の教えを正確に伝えるための翻訳のルールです。
また玄奘以降の訳僧もこれらの理由から音写を用いたと考えられる。
五種不翻の理由は以下の通りです。
五つのカテゴリーに入る言葉は、翻訳しないと決めて、音写することにしています。
1. 秘密故(ひみつこ)不翻(ふほん)・・・不可思議なる仏の秘密語であるがゆえに翻訳せず。真言・陀羅尼など
2. 多含故(たごんこ)不翻(ふほん)・・・意味が一つでなく多くの意味を含むがゆえに翻訳せず。婆伽婆や摩訶など
3. 此方無故(しほうむこ)不翻(ふほん)・・・中国にはないもの。動植物や神の名前などゆえに翻訳せず。
4. 順古故(じゅんここ)不翻(ふほん)・・・古例という既にあった方法・昔から訳さないもの。阿耨多羅三藐三菩提など
5. 尊重故(そんちょうこ)不翻(ふほん)・・・梵語だからこそ、ありがたさがあるもの。善を生ぜんがために翻訳せず。般若波羅蜜多など
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では、『般若心経』の音写を用いた部分を抜き出してみましょう。
ほとんどは漢訳で書かれてありますが、次のような語句です。
「般若波羅蜜多-はんにゃーはらみった」
「菩薩-ぼ~さー」
「舍利子-しゃりし」
「菩提薩埵-ぼだいさった」
「涅槃-ねはん」
「阿耨多羅三藐三菩提-あのくたらさんみゃくさんぼだい」
「羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶 –ぎゃていぎゃていはらぎゃていはらそうぎゃていぼじそわか」は、
音写です。
つまり、音写と漢訳が混じっています。
下記の詳細をご覧ください。
摩訶 (まか)
摩訶は、サンスクリット語(梵語、ブラフマンの言葉、釈迦の時代のインドの言葉)で、マハーという言葉を音写した字です。
摩訶は「偉大な」「大きな」という意味です。
般若 (はんにゃ)
般若は、サンスクリット語で、パンニャーという言葉を音写した字です。
般若は「智慧」という意味です。
般若は仏教用語では波羅蜜多(はらみた)などの修業を積むことであらわれる「真実の智慧」という意味です。
波羅 (はら)
波羅は、サンスクリット語で、パーラムという言葉を音写した字です。
波羅は「あちらの岸、彼岸(ひがん)」という意味です。
彼岸(ひがん)の対義語は、此岸(しがん)です。
彼岸は、あの世をあらわしています。悟りの世界です。釈迦が「彼岸に渡れ」と説いたように、彼岸は人々が欲や煩悩から解放された世界です。
此岸は、この世をあらわしています。迷いの煩悩に満ちている世界です。仏教において彼岸に対比される世界をいい、私たちが住んでいる現世のこと。
蜜多 (みった)
蜜多は、サンスクリット語で、イターという言葉を音写した字です。
蜜多は「~に到る」という意味です。
波羅蜜多でパーラム・イターが、パーラムイターとなり、ムイという音がミに変化してパーラミターと読みます。
そのパーラミターを音写すると波羅蜜多になります。
般若波羅蜜多 (はんにゃはらみつた)
漢訳者の玄奘三蔵法師があえて意訳せず、音写語を用いた。(上記3の此方無故不翻 固有名詞だから)
原語の「プラジュニャー・パーラミター」を「般若波羅蜜多」と当て字で表記したのは、これがあるものを示す固有名詞だからです。そのあるものとは、この場合、「心」しかありません
『般若波羅蜜多という心』とは・・・ お経の最後の「掲諦 掲諦 波羅掲諦 波羅僧掲諦 菩提 薩婆賀」の真言をさします。
観自在菩薩 (かんじざいぼ~さー)
観自在菩薩は、サンスクリット語(梵名)では「アヴァローキテーシュヴァラ・ボーディサットヴァ」といいます。
昔から広く民衆に親しまれている菩薩様、観音さまです。
舍利子 (しゃりし)
舍利子は、釈迦の十大弟子の一人で、釈迦弟子中では「智慧第一」 の凄い方。
舎利弗(しゃりほつ)が正式な名前で、サンスクリット語のシャーリプトラを音写したのが舎利子です。
シャーリは母親の名前がシャーリーであるからで、プトラ(プッタ)は「弗(ホツ)」と音写し「息子」を意味するため、漢訳では舎利子(しゃりし)とも表される。「シャーリーの子」の意。
菩提薩埵 (ぼだいさった)
菩提薩埵は、悟りを求めている者という意味です。
菩提と省略していう場合もあります。
究竟涅槃 (くうぎょうねはん)
究竟(くうぎょう)は、行き着けるという意味です。
涅槃(ねはん)は、サンスクリットのニルバーナの音訳。原義は吹き消すこと,また消えた状態。転じて煩悩(ぼんのう)の火が消え,智慧が完成する悟りの境地をいう。なにものにも揺ゆらぐことのない平安な心の境地という意味です。
依般若波羅蜜多故 (えはんにゃはらみったこ)
般若波羅蜜多は、彼岸に到る本質的な智慧という意味の音写です。
依は、「~により」という意味です。前述の菩提薩埵が、「般若波羅蜜多により」と訳します。
故は、ゆえにという意味です。
得阿耨多羅三藐三菩提 (とくあのくたらさんみゃくさんぼだい)
順古故不翻:昔から訳さないもの の音写
得は、~を得たという意味です。
阿耨多羅三藐三菩提は、この上なき悟りという意味です。
羯諦羯諦波羅羯諦波羅僧羯諦菩提薩婆訶
(ぎゃていぎゃていはらぎゃていはらそうぎゃていぼじそわか)
この文章は真言・マントラです。
秘密故不翻なので 訳してはいけないとされる音写
音訳と漢訳の存在を知ることで、般若心経の意味がより一層わかりやすくなったと思います。
「般若心経」初心者のためのやさしくて詳しい解説シリーズ目次 全8話
1 「般若心経」とは?初心者のためのやさしくて詳しい解説(第1話)
4 般若心経の漢訳や西遊記を書いた玄奘三蔵法師とはどんな人?(4話)
5 般若心経を漢訳した玄奘三蔵法師の音写と漢訳とは(5話)
6 般若心経の寸劇の舞台設定場所とは?インドのマガダ国(6話)
7 般若心経の構成(第7話)
8 全文訳(第8話)
最後までお読みくださりありがとうございました。
アンジュールのノマー
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タグ:漢訳した玄奘三蔵法師, 般若心経, 音写